小売業の品管
昔あったこと、いまやってること、その他どうでもいいようなことを・・・・・

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kumamusiです。 某小売業で、品質管理をやってます。 コメント、リンク歓迎です。

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放射能測定

6年間の出向が解除となり、4月より古巣の検査センター勤務となりました。今度は微生物ではなく、食品の放射能測定の担当です。
その昔、チェルノブイリ原発事故の当時、NaIの検出器で測定していましたが、日本の物で検出されるものは干し椎茸くらいで、輸入品ではイタリア製のパスタとインスタントコーヒーといったところ。事故の2年後くらいからパスタから微量検出されるようになったのは、事故当年の小麦がほとぼりが冷めるまで使用されなかったからとの事。
当時は検査の精度管理も適当で、検体をマリネリビーカーに詰めて後は機械任せ。すぐ飽きてしまった。そこで、測定時間を一週間くらい取って微量の放射能を検出したりしましたが、商品担当に迷惑がられた・・・・
で、今度はゲルマです。物によって異なりますが、通常の検体であれば、15分程度で終わってしまうので検体の準備が極めて忙しい。
実測値からのデータの求め方が理解出来たら、担当変わってもらおう・・・・
その昔、ゲルマの検出器を持っている検査機関へ機器の校正にやって来るメーカーおにーちゃんたちは、ズボンのポケットにコバルト60やセシウム137のコイン線源をチャラチャラと入れており「うちの職員は、女の子しか生まれないんですよ~」と言っていたとか・・・

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FSMS

お久しぶり。
検査は無しで自社・外注取引先の品質向上に追われております。
で、それまでの摘発型品管は変えさせてもらい(重箱の隅をつつくのは誰でもできるわな・・・)いつものやり方で・・・・時間はかかりましたが全体的に水準は上がったかと・・・・親会社の検査で年間で数十件の不合格があったのもゼロになったし・・・これも取引先メーカー皆さんの努力のおかげです。
最近は、取引先のメーカーさんでもISOやSQFを取得している所、HACCPを導入または取得している所、AIBを導入している所、これらを組み合わせて運用しているところが半数を超えています。
当社では年に1回、取引先メーカーさんの点検を行っており、内容はHACCPの一般的衛生管理事項を簡素化したようなものですが、せっかくだからこれらの仕組みを取り入れているところは、それを利用し内部監査風に点検を行うようにしてみました。先方も慣れているだろうから短時間で済むだろうし・・・・しかし、実態は・・・・FSMSの認証を受けているといっても、迂闊に信じてはいけない・・・・・
完璧だと思ったのはSQFを取得していた某公社さん。このときは先方の品管が当社の商品担当の対応を行っていたため、一人で先方のマニュアル・手順・帳票を点検させてもらいましたが、どの業務はどの手順で、使用する帳票はどれで何を記録するというのが判りやすく整理されており、商品のトレースもあっさりできてしまいました。
ここまで行かなくても、某企業のいくつかの工場のISO22000、ISO9001は、帳票が出てくるのに時間はかかったり、判りやすく作り直した別帳票が存在したりしましたが、まあ、及第点・・・あとは、自社で構築したHACCPをうまくまわしているメーカーさんもあったり・・・・
その反対に、とあるマル総を取得している工場では、軽トラック1台分くらいの整理されていない帳票が出てきて「これで1か月分で、これから整理します」・・・現場の人しか内容がわからず、その度に現場に呼びに行く・・・・・・
SQFレベル3のある工場では、手順に使用する帳票が記載されておらず、また回収の手順はだれが何やるの?と聞くと、別手順のマニュアルが出てきたり・・・・
最悪だったのは、某大手グループ企業のとある工場。ISO22000の手順書では点検ができないし、帳票も帳票になっていない・・・・当方では、このような工場の事を「USO800を取得してた」と言います。

まるで品管と関係ない話・・・・・
3人の息子・娘が全て学業を終えました。皆、公立高校に通ってくれましたが、それから
専門学校や大学に通い始めるとさあ大変。おとーさんは赤貧洗うが如し・・・・二人が
大学に通っていた時にはどん底でありました。

で、最後の倅が卒業すると、おとーさんが真っ先にやったことは・・・・中古ですが車を
買ったのですよ・・・・・齢17年のEP-82T改(ラリコン付きです)はエンジンオイルとパ
ワステポンプのオイルの滲みが止まらず、パワステポンプはもう部品がないと言われてし
まった。ショックもダートラ用は入手が大変・・・・この車は、倅に譲りました。

で、次の車はエボやインプがいいな~などと淡い願望を持っていましたが、ショップのオ
ヤジが「新車買って作ると700万行っちゃいますよ」・・・・・中古を買って作っても、
気合入れて走るとタイヤの山が一晩でなくなりそうだし、維持費だけで私大の学費よりか
かりそう・・・・

安く上げるんだったら部品が安いトヨタで、ヴィッツ1000の中古でも買って作れば、そこ
そこ楽しめるかもしれない。しかし「あれこれ後付けするのは面倒だから、ヴィッツのT
RDレーシングでどうですか?最近はラリーもターマックばかりだし・・・」とオヤ
ジ・・・まあ、バンパー取り替えて車高上げれば林道もいけるか・・・・

というわけで、中古車を探しました。新車にシート、メーターなど必要なものを後付けす
ると結構なお値段になってしまいます。元々、中古車で出回っているタマ数は極めて少な
いのですが、レースへの出場経歴のないものを発見。即購入することにしました。

ヴィッツ
一見、もっさりとした感じのただのヴィッツです

購入して早速任意保険に入ろうとすると、「ヴィッツは新車でも180万までです」「でも、
トヨタのカタログにも出ていて定価220万以上するんですケド・・・」「それ以上はかけ
られません」・・・・・・

塗装が割れていた場所を板金し、クラッチ、エンジンマウント、フロントアッパーマウン
トを交換、ミッションをオーバーホールし、助手席に、おとーさんの為のフルバケとベル
トを入れ出来上がり。

車内
こんな感じです

しかし、EP-82Tから乗り換えると・・・脱力してしまうほど遅い~~・・・トホホ・・・EP
は路面が荒れていると、どこに飛んでいくか判らないような暴力的な加速で、ハンドルを
押さえ込むのが大変でしたが、ヴィッツはエンジンが回らないし、上り~平坦は明らかに
遅い・・・・高速の緩い登りで失速してしまう・・・・倅が初めて中央道を運転して登坂
車線にかかったとき「おとーさん、この車遅いね・・・」EPは同じ場所で「モリモリ・・
ドッカ~~ン!」でした・・・・
まあ、どノーマルのエンジンだからしょうがないか・・・回るだけ回してパワーを搾り出
すような運転が求められる・・・・・ワンメイク用の車両だから、絶対的な速さは求めら
れないわな。

しかし、下りはバランスがよくEPより明らかに速い・・・・ABSを効かせながらのブレー
キングは楽だわ~~(^_^;)・・・・EPはアクセルを抜くと、いきなりハーフスピンになっ
たり、曲がらない・止まらない状態になったりで結構厄介でした。

外観はステッカーを剥がしてあって、知らない人が見ると真っ白のただのヴィッツです。
ドアにセブンやファミマのロゴを入れると立派な営業車・・・・・元のステッカーを貼っ
ていればNetzの営業車に間違えられるらしい・・・ロゴ・ステッカー無しでも、ネク
タイ締めたおやぢが運転していれば、立派な営業車に見える・・・・
仕事でも使っています。ネクタイ締めた男3人が乗って、とあるPAで偶然その業界の営
業車の隣に停めてしまいました。車中で電話していた男性は、サイドバーを跨いで「どっ
こいしょ」と男どもが降りるところを見て固まっていた・・・・・


ユッケ

肉自体は本来無菌とは言え、生で食べるのはよほど信頼出来る所か自分の調理でないとおっかない。
焼肉屋の使用済みの割り箸を検査したら、病原大腸菌が取れたなんて報告もあります。
その昔O157が流行ったとき、牛肉の検査をしようなんて話が出てきましたが、牛には病原性大腸菌がいて
当たり前とのことでボツになったことがありました。
我が家ではそんなこともあって、焼肉屋で食べる時には箸も焦げない程度に炙りながらなんてことをやってま
す。

と言いつつ、衛生管理の優れた某鳥屋さんの某処理場の肉・レバー・砂肝を刺し身で食べるのが楽しみだった
りして・・・・


3.11

午前中、とある工場の生産の立会いが終わった後、帰りに途中下車し、資料を借りに1年ぶりくらいに多摩にある古巣の検査センターへ・・・

資料を探し、せっかくだから冷食工場での微生物制御の方法についてのお話をと、微生物担当の皆様方が隣の会議室に集合し、(ちなみにこの部屋から、微生物検査の場所が一望できます)「それでは~・・・」と始めたとたんグラっときた・・・震度4程度だろうけど安普請だから揺れるわい・・・しかし、電車はしばらく止まるだろうな・・・・元の職場が山手線内側で、でかい地震があったら混乱で帰宅できなくなるのがいやだなと思っていて、自宅から10Kmほどの場所への出向を了解したなんてこともあったりして・・・
まあ、この程度の揺れならたいした被害も出ないで済むかと思い揺れるに任せていたら、およそ1分ほども経ったころからいきなり揺れが大きくなった・・!!
おいおい、2012か!!結構焦るが、建物の構造が判っていて致命的な破壊は無いと思っていましたから、目の前の光景を冷静に見ていられました。
2段に重ねたインキュベータが踊って、上段が飛び出そうとしていましたが「俺が固定したんだからがんばれ~~っ!」しかし、扉が開いて中のシャーレが飛び出す・・・
テープで固定した薬品棚はがっちり壁に張り付いてましたが、固定していないロッカーがずれていくのが見える・・・・・・
そんなこんなで、揺れが収まり・・・・・・あ~あ・・・もう今日は帰れん・・・しかし、自分でやった地震対策の結果が見れるとは・・・・そこでは震度5弱との事でした。

地震・・・・・

311-1
2段のインキュベータが3列あります。扉が開いている2列目が固定が悪かったのか、上段が飛び出しそうになりました。揺れている最中は、上段の側面が半分ほど見えた・・・両側はびくともしませんでした。

311-2
しかし、気になったのが飛び出た引き出し。あわてて逃げようとしてつまづくと痛い目に会いそう・・・

地震の後は・・・・・・
重いクリーンベンチ2台は脚までしっかり固定していたので、びくともしませんでした・・・・妙な達成感・・・・・・・

理化学は、ガスクロが1台実験台から落っこちてしまったとの事。
幸いなことに、週末で検査も大体終わっていたので、培養中の液体培地がこぼれるという事はありませんでしたが、それでもインキュベーターの中を確認するときは数人でアルコールスプレーを持って周りを取り囲んで恐る恐る・・・・・

停電していたので、当日は適当に片付けて解散。しかし、行くあてもないので、とりあえず駅へ。家族の安否確認をしたかったのですが、携帯は当然不通。公衆電話とメールは繋がりました。コンビニで携行食を買って3時間ほどしゃがみ込んで寒さを我慢していたら市の職員さんが駅前の中学校の体育館に誘導してくれ、マットと毛布と非常食を頂き、ここで一晩明かしました。本当に助かった・・・・・

翌日電車が動き始め、いつもの倍以上の時間がかかりましたが昼頃には帰宅できました。しかし、東京駅の地下では、まだブルーシートの上で寝ている大勢の人が・・・・

帰宅すると、今度は岩手の大船渡の義母と連絡が取れない・・・仙台の娘夫婦とどこかの温泉に行ったらしいとの事でしたが、行き先不明・・・・・・親戚と探しに行く算段をしましたが、公共交通機関は使えないし、ガソリンが買えません。やきもきしていると月曜日に先方から連絡があり、話を聞くと南三陸町で被災し、線路を歩いてタクシーを拾えるところまで行って仙台までたどり着いたとの事。よくぞご無事で・・・・

2008年7月24日、出張中に岩手県沿岸北部の地震で震度5強に遭遇し、ベッドの上で転げまわってしまいましたが、その時も電車が止まって大変。

携帯の充電器と、携帯ラジオは持ち歩くようにしよう・・・・・・





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